岩手県一関市 世嬉の一酒蔵
バーチャル蔵めぐり

世嬉の一酒蔵

見所1懐かしの現役ポスト

このポストは明治生まれで今も立派な現役です。真っ赤な顔で愛のお手紙や旅のお便り歓迎しています。 同じ明治生まれの島崎藤村に由来のある初恋神社にお参りした後、想いをポストに投函すると願いが成就する・・かも。

懐かしの現役ポスト

見所2酒の民俗文化博物館

この蔵は、元仕込み蔵です。大正7年の建築で日本古来の土蔵建築に西洋式[トラス組(クイーンズポスト)]の梁を入れたので、 高さや間口あんどの大きさは、土蔵として東北一のものとなりました。 昭和22年・23年の、人の背丈を越す大水害(カスリン台風・アイオン台風)にも耐えた蔵です。 現在は、酒造り・米作りに関する博物館となっています。

酒の民俗文化博物館

見所3文学の蔵運動・島崎藤村の碑

島崎藤村は、佐藤輔子との成就しない恋愛に悩み鎌倉の円覚寺帰之院にこもっておりました。そこへ友人の透谷から、大商家「熊文」の文之助に英語の教師としての誘いがあり、一関に訪れました。実際に一関に滞在していたのは1ヶ月弱でしたが、リフレッシュした藤村は、仙台で近代文学の夜明けといわれる「若菜集」を書き上げたのでした。また、一関のでの印象が深く「春」や「眼鏡」に細々と書き込まれています。藤村は知らなかったのですが、佐藤輔子は幼少の頃一関小学校に通っていました。二人には、不思議な縁があったのかも知れません。藤村が滞在していた「熊文」とは、いまの世嬉の一です。

島崎藤村の碑

見所4レストラン せきのいち

洗米やお米を蒸していた場所も、現在は郷土料理のレストランせきのいちとして使用されています。 地元の“はれの料理”「もち」や“けの料理”「はっと」もお出ししています。 座敷(茶室含む)・カウンター・テーブル席が約100席ございます。

レストラン せきのいち

見所5石蔵 クラストン

この蔵は、元精米所です。大正7年の建築で、その後屋根部分を改修しています。 塩釜石という砂岩でできているため「石蔵」と呼ばれました。 現在はクラストンという名で結婚式・各種会合・会席の場として使用されています。

石蔵 クラストン

見所6いわて蔵ビール 工場

駐車場に隣接した煉瓦の蔵は、元は麹を作った麹室です。 現在は、いわて蔵ビールの工場として生き返っています。 工場内は、石蔵 クラストンの2階から見学できます。

いわて蔵ビール 工場

見所7隠れた名所・桜の木

4月中旬から下旬にかけて、世嬉の一で最も美しい花開く桜の木です。 普段は駐車場の隅にひっそりとたたずんでいますが、開花の季節には多くの人に安らぎを与えてくれる木です。

隠れた名所・桜の木

見所8豆柿の木

ビー玉大の小さな柿がなります。昔、酒蔵では殺菌や防腐のため、酒造りの桶などに渋柿を塗りました。 この柿はしの渋を取るために植えたものです。樹齢85年になります。

豆柿の木

見所9初恋神社

この神様は、氏神様・蔵の神様・お稲荷様です。 社殿は閑院の宮様が当社にご宿泊のみぎりに建てた建物の一部(車寄せ)を用いて、平成6年に建立しました。 この地は、若き日の島崎藤村が恋に傷ついた心を癒し、自らの運命を切り開き、 やがて文豪へと羽ばたいていった縁から「初恋神社」のニックネームで親しまれています。

初恋神社

見所10通り蔵

この蔵は、元製品倉庫です。昭和24年から27年まで「新星劇場」という映画館だったこともあります。 当時中学生だった作家・井上ひさしさんが切符のもぎりのアルバイトをしながら、 数々の名作に胸を躍らせた場所でもあります。 この蔵は昭和初期の建築で、新蔵とも呼ばれていましたが、 現在は通りに面していることから「通り蔵」と呼ばれ、音楽会・各種展示会等で使用されています。

通り蔵

見所11酒の直販所

直販所では、世嬉の一酒造で造られた日本酒と、いわて蔵ビールの製品を取り揃えています。 日本酒の試飲コーナーもありますので、お試しください。 また、全国各地への発送も取り扱っております。お気軽にご利用ください。

酒の直販所